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miga-town78’s blog

急行のとまる街

急行のとまる街1978-10  日本橋の上島珈琲店_新橋のKENTショップ

東京駅北口から東へ。中央通り・日本橋交差点の「コレド日本橋」のB1にある上島珈琲店へ行ってきた。都心で不動産関係の営業をしていた時によく行ったカフェで、このビル「コレド日本橋」が出来た時にオープンした。店内の壁には、オープン当時からJAZZのレコードジャケットが何枚か飾ってあり、なぜかこのLPレコードを眺めるのが楽しいカフェだ。BGMはJAZZ。

この日は、飾られている2枚のレコードジャケットをチェックしてきた。

 ウェス・モンゴメリーWes Montgomery)の「Boss Guitar」(1963年)

 ポール・チェンバースPaul Chambers)の「Bass On Top」(1957年)

近頃、コーヒーチェーンのBGMは、スターバックスから始まったJAZZが定番となっている。曲は1950年代、60年代のモダンジャズのところが多い。

スターバックスが日本に上陸する以前は、JAZZのBGMが流れているのはホテルのロビー・ラウンジくらいであった様な気がする。

カフェで、営業の合間に息抜きしたり、学生が1人で勉強したりする環境として、JAZZの音階やリズムが心地よいのだろうか。

日本橋の帰りに、新橋駅銀座口にあるトラッドのお店、KENTショップ(店名は、Kent House)に立寄り、バーゲンセールのパンツを買った。

都心にある数少ないトラッド専門店で、青山や丸の内にある「ブルックス・ブラザーズ」等とくらべて気軽な店である。プライスもデパート以下、仕事の一線を退いたトラッド志向の団塊世代には、頼もしいお店である。

パンツの長さを採寸する間に聴こえてきた曲は、ここではクリフ・リチャード(Cliff Richard)の  ♪ レッツ・メイク・ア・メモリー ♪ (Let's Make A Memory)。

やはり、客層に合わせた音楽を選んでくれているのだろうか。 Thank you ‼    

 

 

 

 

急行のとまる街1978 -9  わが家のオーディオ_ 遠い青春の軌跡  

1980年代半ばに買ったミニコンポが壊れてからレコードとはご無沙汰だったが、1年ほど前から急にレコードを聴きだした。

東戸塚にある「ブックオフ」(ハードオフ)で、80年代に製造されたAIWA製のミニコンポの一部と思われるアンプを1500円でゲットした。このアンプ、10代の時に姉のボーナスで買ってもらった自慢の “ 現役スピーカー ” となかなか相性が良い。

レコード・JAZZボーカルの柔らかい音質を引き出すには、やはり当時のオーディオ機器同士の組み合せが良いのだろうか。

スピーカーの説明書を探し出した。スピーカーボックスは「クライスラーバード トールボーイ 20cm音響箱」(クライスラー電気、市販営業課 東京都渋谷区)とある。
中のスピーカーは「コーラル 8CX-50 20cm 2ウェイ Hi Fi スピーカー」」(コーラル音響、埼玉県川口市)とある。

東京へ出て来た頃、このスピーカー(8CX-50 )1個・片方の不具合があり、秋葉原へ行って同じものを買い、独身寮の部屋で取り替えた記憶がある。

ユーチューブの “ お気に入り ” には、かなりのJAZZボーカルの曲を入れてあり、いつでも好きな曲を素早く聞くことが出来る時代ではあるが、LPレコードに直接触れ、プレーヤーの針を落とすアナログの動作は、なかなか心地良いものだ。

シングルレコードの溝が磨り減るまで聴いた 、

ビートルズの ♪ プリーズプリーズミー ♪(Please  Please Me)、スキーター・デイヴィスの ♪ この世の果てまで ♪ (The End Of The World) 、そしてクリフ・リチャードの ♪ ヤングワン ♪ (The Young Ones )  ……  遠い青春の軌跡といったところか。

 

 

 

急行のとまる街1978 -8  南青山_お好み焼き「じゃんじゃん」と「ブルーノート東京」

もう1カ月になりますが、箱根駅伝 青学の3連覇。駅伝ルートの近くに20年住んでいながら、はじめて駅伝を見に行った。往路の2区、権太坂の頂上から下りきった場所に陣取った。初めて見る先頭ランナー4名の迫力に魅せられた。

青学と言えば、渋谷・宮益坂の先にキャンパスがあり、銀座線・表参道駅青山通りをイメージする。

銀座線で都心へ勤務していた時、表参道の駅からすぐの場所にある、お好み焼きのお店に何度か行った記憶がある。青山通りから少し入ったところにあり、外階段を上って2階にあるガラス張りのお店で、名前は「じゃんじゃん」といった。(住所:南青山3丁目)

青山通りをはさんだ反対側には、ニューヨーク五番街に本店のある服飾店「ブルックス・ブラザーズ東京」が当時からあった。(住所:北青山3丁目)   この場所から対角方向に、青学寄りの六本木通りに近い場所には、名高いJAZZクラブ「ブルーノート東京」がある。(1988年オープン、住所:南青山6丁目)

そして、南青山といえば作家北杜夫の代表作「楡家の人びと」の舞台となった場所である。実在した精神病院「青山脳病院」と院長一族をモデルに、楡家一族の隆盛と没落を描いた小説である。

大正から終戦にかけての時代描写も興味深い。関東大震災や終戦前の東京大空襲の様子もそうだが、楡家の長女の娘で、女学生になった「桃子」が、“市電” に乗って渋谷や浅草の映画館に通い詰め、無声の洋画に夢中になる様子や、麻布の「陸軍歩兵第三連隊」(現在の六本木ミッドタウンの辺り)から、代々木にあった練兵場の間を行き来する兵士の行進を子供たちが眺める情景などが、それだ。  

ブルーノート東京」へは一度も行ったことがない。夏までには、ぜひ行ってみることにしよう。

 

急行のとまる街1978 -7  JAZZ _ SATIN DOLL

~  Brooks Brothers (New York) の赤いセーター  ~

銀座サテンドールは、サテンドールが発祥地・神戸から東京へ移って数年間、銀座6丁目(?)で営業していたライブハウスだ。その後1985年頃に現在の六本木へ移転。

サテンドールのオーナー・井上社長と歌手マリーンの対談記事を、お店のサイトで見た。マリーンが19歳で来日し、銀座サテンドールでJAZZを唄っていた頃の話で、当時の店内の様子が語られている。

銀座サテンドールには、1983年頃に何度か通っていたが、“少し懐かしい想い出”  がある。このサイトの記事を見て懐かしさのあまり、六本木へ移る前のお店のあった場所を、わざわざ探しに出かけてきた。

新橋駅・銀座口から、銀座グランドホテル(以前の三井アーバンホテル)の前を通り、8丁目の銀座博品館劇場の角から中央通りに入り、6丁目界隈をめざす。日が落ちて、そろそろ「綺麗どころ」の出勤前の時間帯。昔と変わらない銀座独特の華やかな雰囲気だ。

記憶をたどり、7丁目交差点にある資生堂ギャラリー(当時の資生堂パーラー)の角を左に入り、銀座サテンドールのあった場所・ビルを探してみるが、記憶が定かでない。通りに面したお店のマネージャーらしき年配者に聞くと、少し先の6丁目の交詢社ビルの辺りではないか、とのこと。交詢社のビルも新しくなり、この辺りも以前とはかなり変わったのであろう。サテンドールのあった場所は分からずじまいだった。 

わざわざ銀座まで来たついで。銀座4丁目交差点から数寄屋橋を通り、日比谷をめざす。

かつて日活の本社があったビルの場所には、有名ホテル「ペニンシュラ東京」がある。 ~ 通りをはさんだ向いのカフェで、このブログ原稿を書いている。~

 ところで1983年といえば、東京D/Lが開業し、アメリカ東海岸の都市へ直行便が開通した年である。この年、幸運にも友人と2人で7月中旬、ワシントン、ニューヨークへ旅行する機会を得た。ニューヨークの空港から乗り継ぎ、最初に友人の親戚の待つワシントンへ向かった。

ワシントンでは友人家族のアテンドを得て、ホワイトハウスペンタゴンやアーリントン墓地などを観た。スミソニアン博物館のスケールには圧倒された。

ワシントンの後はニューヨークで3泊。JAZZのメッカ、グリニッジ・ヴィレッジにある憧れのライブハウス「 Village Vanguard 」に2晩通った。アーティストや曲は全く記憶にない。その場所へ2晩通ったこと自体に、特別な気持の高ぶりを感じていたことだろう。

そして、少し懐かしい想い出 ” とは、

ミッドタウンの5番街。“ ここが、カポーティ の小説「ティファニーで朝食を」( Breakfast at Tiffany's)に登場する有名な宝石店「Tiffany」か ”と感激した。20歳の頃、オードリー・ヘップバーン主演の映画を先に観たあと、夢中で小説を読んだはずだ。今、ネット上で建物の構えを見ると、その時の記憶が蘇ってくる。

そして、「Tiffany」から少し南へ下った所にある有名な服飾店「 Brooks Brothers 」で、想い出の赤いセーター を買ったことだ。

もちろん旅行から帰ってすぐに、このセーターをサテンドールで出逢った女の人に渡した。この赤いセーターに込めた想いは、成就することはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

急行のとまる街1978 -6   S.フォックス _ ♪ Downtown ♪

会社のある内幸町や新橋駅・烏森界隈の店を出て、同僚とTAXIに乗る。行先は渋谷警察の先にあるS.フォックスだ 。外堀通り赤坂見附から青山通りへ入り、宮益坂を左に下る。明治通りを左に折れてすぐの場所、いつものTAXIのルートだ。東京へ出てきたその年に、一人で偶然見つけたお店である。

 TAXIを降りて、地下のお店に入るとマホガニーの上等なカウンターがあり、対面にはソファーのテーブル席が三つある。棚のボトルキープはWHITE HORSE。好きなレーズンバターが定番だ。フロアの奥の壁にはオープンリールのテープデッキが掛り、流れる曲はバラード調のジャズボーカル。昭和いっぱいの雰囲気が漂っていた。

仕事が忙しい時ほどよく通い1人グラスをかたむける時間もお気に入りだった。

今、そのシーンにタイムスリップすることが出来るとしたら、どんな曲がお気に入りだろうか。 Diana Rossの ♪ Where Did Our Love Go ♪ (愛はどこへ行ったの)、いや Petula Clarkの ♪ Downtown ♪ (恋のダウン・タウン)の方がいいか。

真夏でもスーツを着込みエアコンなしの電車、東横線・銀座線の通勤を想い出す。会社の机上に「Windows」が登場するのは未だ随分先のことだ。

お店は渋谷駅周辺の開発、建物取り壊しのため7年ほど前に閉店した。

(追記) ところで、お店のすぐ後ろには、コンクリート造りの渋谷川が流れている。この川は、大正時代に作られた唱歌 ♪ 春の小川 ♪ のモデルとなった川だ。渋谷より少し上流の代々木辺りの情景が詠まれた歌の様である。

渋谷区の開発資料によれば、お店のあった辺り、渋谷川の両岸は公園ゾーンとしてイメージパースが描かれている。何年か後には、カフェなどが建ち並ぶ街路に変貌するのであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

急行のとまる街1978 -5  ロシュフォールの恋人たち   ♪ Arrivee Des Camionneurs ♪(キャラバンの到着)

ロシュフォールの恋人たち ~  またまた、化粧品のことですが。

 週末、久しぶりに都心へ。六本木の東京ミッドタウンへ行ってきた 。イルミネーションに彩られた金曜日の賑わいである。

2007年に出来た複合施設で、外資系の有名ホテルや「サントリー美術館」などが入り、去年の誕生日に行った「ビルボード東京」(Bill Board Live TOKYO)もある。オフィス棟には富士フイルムの本社がある。

2007年に富士フイルムが発売した、化粧品「アスタリフト」のテレビCMが楽しい。発売以来、松田聖子小泉今日子が起用されている。化粧品は幅広い年齢層に支持されている様だ。この二人が共演するテレビCM、「衝撃の出会い 」編と「それぞれの旅先」編が特にお気に入りだ。

CMの映像とバックに流れる音楽が素晴らしい。1967年公開のフランス映画 ミュージカル「ロシュフォールの恋人たち」のテーマ曲、「 Arrivee Des Camionneurs 」(キャラバンの到着)である。素人ながら完成度の高いCMだと思っている。このCMを手がけた広告代理店の担当者は、どんな方だろうか。

 映画「ロシュフォールの恋人たち」は、南フランスの海辺の街を舞台にしたミュージカルで、南欧・地中海の陽気な映像が、映画のストーリーと見事にマッチしている。主演は女優カトリーヌ・ドヌーヴで、ジーン・ケリージョージ・チャキリスなどの名優も出ている。音楽は、映画「シェルブールの雨傘」などでも有名なミシェル・ルグランである。

この映画を最初に観たのは、たぶん地方都市の封切館だったと思う。数年前、自由が丘の桜並木のスタジオでも、映写会で観た記憶がある。

 

 

 

 

急行のとまる街1978 -4   海岸通りのぶどう色(番外_1974年)

~  海岸通りのぶどう色 ~   化粧品のテレビCMを見ると、いつもこのCMを想いだす。資生堂 1974年秋のキャンペーンのキャッチコピーだ。テレビCMのモデルは、おぼろげながら記憶にあるが、バックの風景が思い浮かばない。40年前のこのCMがお気に入りで、いろいろな街の風景を重ねてみる。どういう訳か「西海岸」にある海辺の街を、勝手にイメージしていた。

関西勤務の時によく行った神戸元町、須磨海岸か。シアトルのダウンタウンか。この秋に旅行した函館の元町界隈か。湘南の海辺かというとそうでもない。あるいは生まれ育った北陸の街か(ここは西海岸?)。

いろいろ調べてみると、なかなか人気のCMの様だ。60年代~80年頃に流れた資生堂のテレビCMのDVDを、何年か前に同社が製作しており、アマゾンでも売られているようだ。そして、中国のサイトでも、このCM動画を見つけることが出来た。

BGMもすばらしく歌詞は英語であったが、バックは丘の上から港を見下ろす風景で、どこかヨーロッパの港町の雰囲気である。最近行った函館の教会近くの坂道から見る風景にもイメージが重なる。 どこの港だろうか?

ご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えて頂けませんか。