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miga-town78’s blog

急行のとまる街

急行のとまる街1978 -3   nikkei 36面 _ エディット・ピアフ(Edith Piaf)

日経新聞の連載「私の履歴書」 今月は、作曲家・服部克久氏の「私の履歴書」が掲載中である。 先週土曜日(11月19日)の日経朝刊が行方不明のため、日経のサイトで無料会員登録行い、エディット・ピアフ(Edith Piaf)のことが書かれている記事に、何んとかたどり着くことができた。気になった記事の内容は、服部克久氏が20代の時に留学したパリで、エディット・ピアフのコンサートに行き、彼女の楽屋を訪ねて行ったとの記事である。(これは、もう半世紀前の1950代の出来事です。)

去年の7月に行った渋谷NHKホールでの「パリ祭」では、エディット・ピアフ生誕100年(1915年ー1963年)記念のオマージュにより、彼女の数々のヒット曲が唄われた。

急行のとまる街・自由が丘の桜並木に面したところにあるシャンソンのお店・カフェに、10年ほど前から行きだした。お店のオーナーがシャンソン歌手で、1Fのカウンターバー・カフェのほか、スタジオがあり、ライブも行われている。カウンターバー正面の棚中央には、エディット・ピアフ(顔写真入り)のレコードジャケットが飾られている。

そもそも、「自由が丘」とのかかわりは、1978年東京に初めて出て来たその日に、会社の同僚と食事をした街であり、数年後に武蔵小杉の会社の寮を出て、この街の近くに住んだことである。そして勤務地となった街でもある。

今でも何故か想い出すのは、毎年秋のはじめに行われる「自由の女神祭り」で聞いたペギー葉山さんのコンサートのシーンである。たぶん最初の年、1978年の出来事である。

 

 

 

急行のとまる街1978 -2  Wes Montgomery   ♪ When A Man Loves A Woman ♪

久しぶりに 行った「宮益坂」のライブの帰り、急行電車は武蔵小杉駅に停車。車窓から見える高層マンション群、あと何棟建つのであろうか。数日前スマホの記事で読んだ「住んでみたい街、 ベスト〇〇」に近年、武蔵小杉がベスト10の上位にランクされているとのこと。

想えば、最初にこの駅(街)に初めて降り立ったのは40年近く前、(東京)に出てきて暮らし始めた街だ。この街から急行で自由が丘、渋谷を経て、地下鉄で都心に通った年月。

ウィークエンドの遅い時間、駅前の中華「大三元」に寄ってから「エルシー」の前を通って、部屋に帰るのはいつも日付の変わる時間だ。南向きの3階の部屋から見下ろす庭、これに続くJR線(当時は国鉄ですね)の空間が、お気に入りだった。

FM東京から流れる「ジェットストリーム」のナレーション、そして隣の部屋から聞えてくる Wes Montgomery のギターの心地よさ。

楽しかった「遅い青春」の日々が蘇ってくる。                  

 

 

 

 

プロローグ 急行のとまる街1978

はじめまして、miga_town78です。20代の終わりに東京に出てきてから、その後の40年近くの出来事に絡めて、日記にトライしてみます。よろしくお願いします。
はじめて住むことになった急行の止まる街・武蔵小杉、そこから多摩川を越えて急行の止まる二つ目の街・自由が丘、さらに渋谷を経て都心へ。この沿線の街に40年もの年月、自分が関わることになるとは、その時は想像できなかったはずである。
先ずは、この長い年月に起こった(?)、地名や曲、シーンのなどの記憶をたどり、並べてみることからスタートします。
■海岸通りのぶどう色(資生堂の74年頃のCMコピー)(東京へ来る前)
ロシュフォールの恋人たち、六本木ビルボード
■駅前の大三元、エルシー、陣屋町 
■女神像、桜並木、シャンソン
■警察署先のFOX、宮益坂郵便局、表参道のお好み焼き、楡家のひとびと
■サテンドール(銀座・六本木)
ヴィレッジバンガード(N/Y)、ブルックスブラザーズ(N/Y)
ボーイングエリア、ハーバーライト
ヘミングウェイカポーティ、ギャツビー、淋しいアメリカ人
さて、どこから記憶をたどれるか。  次回へ。